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広島地方裁判所 昭和42年(行ウ)29号 判決 1968年7月24日

原告

庚午タクシー有限会社

代理人

三宅清

ほか三名

被告

広島陸運局長松本純一

右指定代理人

山田二郎

ほか五名

主文

被告が原告に対し、昭和四二年九月一二日付でなした原告の一般乗用旅客自動車運送事業免許(昭和三八年三月一日広陸自免第二三五号)の取消処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三八年三月一日広島陸運局長から広陸自免第二三五号をもつて、一般乗用旅客自動車運送事業の免許を受け、直ちに肩書地に事務所を設け、事務員一名、運転者六名を雇傭して、三台のタクシーを運行し、昭和三八年一〇月、昭和三九年六月、昭和四一年一二月に各二台の増車の認可を受け、現在運転者一九名、タクシー九台を擁する有限会社であるところ、被告は昭和四二年九月一二日付をもつて、原告において、道路運送法第三六条第一項の名義貸の違反事実があるとして、原告に対し、右免許を取消す旨の処分をなし、同処分は同日原告に通知された。

二、しかしながら、原告は被告主張の如く、原告の名義を他人に自動車運送事業のため利用させたことがないのであるから、右処分は違法であり、取消されるべきものである。

三、かりに、原告に右違反事実が認められるにしても、右自動車運送事業者の指導官庁である被告が、他に違反事実とてなく、適正な運営を続け、運送に関する秩序を守り、社会的信用を得て、公共の福祉の増進に寄与している原告に対し、あらかじめ道路運送法第三三条による改善命令を発することなく、直ちに右免許の取消という重罰処分をもつてのぞんだことは法の定める適正手続に違反して違法であるのみならず、この種事案の従前の処分例に比し、不当に重く、著しく公平に反するものであつて、裁量権の範囲を逸脱した違法処分である。

四、原告は昭和四二年九月一三日運輸大臣に対し、審査請求をなしたが、本件処分の性質上審査請求に対する裁決をまつて出訴するのでは回復困難な著しい損害を生ずるので、それを避けるため、本訴提起の緊急の必要がある。

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「本件処分に対する取消の訴は原則として、審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起しえないものであるところ、いまだ右裁決がなされておらず、また、本件において、右裁決を経ないで取消の訴を提起しうる緊急性もないから、本件取消の訴は不適法として、却下されるべきものである。」と述べ、本案の答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。同第二項の事実は否認する。同第三項の事実中、被告が道路運送法第三三条の改善命令を発することなく、本件処分をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件処分は、昭和四二年七月、ビル建築をめぐる年金福祉事業団からの多額な融資にまつわる詐欺事件が摘発されたことに伴い、被告が同月二六日原告及び訴外紙屋町タクシー株式会社に対し、特別監査をした結果、原告には左記の道路運送法等の違反事実が発見されたので、公示をなし、同年八月二九日道路運送法第一二二条の規定にもとづいて聴問をなしたうえでなされたものである。

三、被告が調査した結果、判明した原告の道路運送法等の違反事実は次のとおりである。

(一)  道路運送法第三六条第一項違反事実

1  原告の免許申請書は、昭和三六年一〇月三〇日及び昭和三七年四月一七日広島陸運局長へ提出され、後者について免許になつたものであるが、いずれも紙屋町タクシー株式会社において企画立案のうえ作成されたものである。

2  原告の資本金一〇〇万円は、紙屋町タクシー株式会社代表取締役打越信夫が事実上の出資者であり、原告代表者は右金員がどのように使用されたか知らない状況にある。

3  原告代表者は免許取得の約一年後、社長印等を紙屋町タクシー株式会社取締役難波季子に預け、事業計画変更(増車、代替等)の決定、申請、車両の購入、従業員に対する給料の支払等はすべて、紙屋町タクシー株式会社において行なつている。

4  原告代表者は、原告の営業内容、すなわち前期決算及び利益処分の状況、今期決算の見とおし、日日の運行収入、借入金、その他重要な事項について、全く知らない状況にあり、原告の営業はすべて紙屋町タクシー株式会社において行なわれている。

5  原告代表者は、紙屋町タクシー株式会社が原告から四〇〇万円にのぼる借入れしていること、経費の振替(交際費等)が行なわれていることを全く知らず、わずかに月一回程度原告事務所に赴き、月額一万円程度の報酬を受けているに過ぎない。

6  原告は、庚午ビルの階上の一部を使用するため、多額な資金を年金福祉事業団から借入れているが、これらはすべて、紙屋町タクシー株式会社において行なわれたものである。

7  原告は原告の事務所内に紙屋町タクシー株式会社の元取締役打越綾子の名札を掲げ、右綾子は実際には原告の役員でもないのに、報酬の支払がなされている。

右のとおり、原告の業務は、すべて実質上紙屋町タクシー株式会社において行なわれ、かつ右訴外会社が原告の損益の帰属を受けているものであるから、原告は紙屋町タクシー株式会社に対してその名義を利用させているものである。

(二)  その他の道路運送法等違反事実

1  原告が昭和四一年一二月新設した車庫には、自動車を入れた形跡はなく、積石、積砂等により収容能力がせばめられ、また、金網等による囲はされていない。右は道路運送法第一八条に違反する。

2  昭和四二年六月一日から同月六日まで及び同月一五日から同月二五日までの一七日間の日報によれば、二〇件の区域外輸送が認められる。右は道路運送法第二四条に違反する。

3  乗務記録について、運転日報の記載が不明確であるのみならず、運輸規則に示されている乗務区間の記載もれ運賃の記載もれが認められる。右は運輸規則第二二条の二第一項第三号に違反する。

4  自動車事故報告規則にもとづく報告もれが認められる。右は道路運送法第二五条に違反する。

5  乗務員の過労防止について適正な措置が講じられず、七名の長期連続勤務者が認められる。右は運輸規則第二一条に違反する。

6  点呼簿の記載が適当でない。右は運輸規則第二二条に違反する。

7  事業計画の遂行に十分な数の運転者を確保していない。すなわち、一両あたり二.一人であつて過少である。右は運輸規則第二五条の六に違反する。

8  乗務員に対する指導監督が不適正である。右は運輸規則第二六条に違反する。

9  運行管理者が乗務しているため、運行管理が十分に行なわれていなない。右は運輸規則第三二条の二に違反する。

10  整備管理者服務規定が作成されておらず、また、整備の実施計画が定められていない。右は道路運送車両法第五〇条第二項、同法施行規則第三二条第六号に違反する。

11  定期点検基準が作成されず、定期点検が完全に行なわれていない。右は運輸規則第三一条第一号、道路運送車両法第四八条に違反する。

12  点検票は作成されているが実施方法が的確でない。右は車両法第四七条に違反する。

13  点検基準に定められている設備及び器具、用具、工具、等がない。右は運輸規則第三二条に違反する。

14  未認証工場へ原告の自動車の分解整備を依頼しているが、陸運局長の検査を受けていない。右は車両法第六四条第一項に違反する。

15  抜取検査を七両の自動車について行なつたところ、ドア矢印、L・P・G表示がしていない。右は車両法第四一条、保安基準第五〇条、L・P・G車体表示自車第五五六号に違反する。

四、原告は被告が事業改善命令を発することなく、原告の免許を取消したことは、法の定める適正手続に違反する旨主張するが、事業改善命令は免許取消処分を行なうに際し、法律上要求されている前提手続でもなく、従来の行政措置上慣行化されている手続でもない。

また、原告は、右免許取消処分が裁量権の範囲を逸脱した違法の処分である旨主張するが、近時の交通事情ないしは交通災害は従来と様相を一変し、交通災害防止のための道路運送事業の適正な運営及び道路運送秩序の確保は今日においては国民の強い要望であるとともに、運輸行政上の重大な課題となつている。かかる際において、原告が、名義貸という無免許運送と同様な最も悪質な法律違反をなしている以上、厳しく処分されるべきは当然のことであり、本件処分は正当というべきである。

<証拠>(省略)

理由

一まず、本件訴の適否について検討する。道路運送法第一二一条によれば、免許取消処分の取消の訴は右処分の審査請求に対する裁決を経た後でなければ、提起することができないと定められているところ、弁論の全趣旨によれば、本件訴が右裁決を経ないで提起されたものであることが認められる。しかしながら、行政事件訴訟法第八条第二項第二号によれば処分の取消の訴は当該処分より生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるときは右裁決を経ることなく提起しうるものとされている。そこで、本件訴が右の要件を具有するか否かについてみるに、本件免許取消処分がその性質上、原告会社の存立を奪うものであることからすると、右処分により原告会社の被る損害は回復の困難な著しい損害であり、原告会社は右損害を避けるため、本訴を提起すべき緊急の必要があるということができる。

よつて、本訴の提起が裁決の前置を欠くため不適法であるとの被告の主張は採用しがたい。

二請求原因第一項の事実については当事者間に争いがない。

被告は、原告会社が道路運送法第三六条第一項に違反してその名義を紙屋町タクシー株式会社に利用させた旨主張する。よつて、検討するに、道路運送法第三六条第一項は、「自動車運送事業者はその名義を他人に自動車運送事業のため利用させてはならない。」と規定されているところ、以下説明するところにより本件全証拠によるも、原告会社がその名義を紙屋町タクシー株式会社に自動車運送事業のため利用させたことを認めるに足りない。すなわち、

<証拠>によれば、昭和三八年三月頃、当時の広島地方の陸運行政上、中小タクシー営業に対する営業用自動車の増車よりも、新設会社による営業免許の方が認可され易い実情にあつたところ、紙屋町タクシー株式会社代表取締役打越信夫は、右実情下において同会社の営業用自動車の増車の認可をうることが困難であると思惟し、あらたにタクシー会社を設立し右新会社を自己の傘下に収めようとして、内妻難波季子を通じ、右季子の兄難波利磨、父難波昇三に交渉して、自己の企画立案と融資によつて、右難波父子に原告会社を設立させ、その代表取締役に難波利磨、取締役に難波昇三がそれぞれ就任したが、右難波利磨、難波昇三は会社の業務執行には名義上関与するだけで、資金の借入、広島陸運局長に対する増車の認可の申請、車両の購入、従業員の雇入等重要な事項は、実質的には前記打越信夫、紙屋町タクシー株式会社の監査役前野弘道らの判断に従つて行なわれていたものであり、昭和三九年九月ごろから昭和四二年二月ごろまでの間前後一〇数回にわたつて、原告会社から紙屋町タクシー株式会社へ四〇〇万円余が貸し出されていることをそれぞれ認めることができる。

ところで、右の事実から、直ちに原告会社の実在性を否定し、その法人格を否認すべき限りでなく、右の如きはいわゆる従属会社、親会社間の関係として観念されているところである。そして、前記認定事実と前掲各証拠によると右打越、前野らの行為は間接には紙屋町タクシー株式会社ないしは打越の利益を目的とするものであるとしても、直接には原告会社のためにする意思のもとになされたものであり、また原告会社代表者らにおいてもこれを承認していたものと解するのが相当である。右によれば、右認定の打越らの右行為の効果は原告会社に帰属しているというべきであり、換言すると原告会社名義によるタクシー営業は原告会社の責任と計算において行なわれたものと認むべきである。右に反し、右営業が紙屋町タクシー株式会社の責任と計算とにおいて行なわれたと認めるに足る証拠はない。

以上によれば、前認定の原告会社設立の経緯、経営状態からすると、原告会社のタクシー営業は原告会社のために行なわれたものであり、その名義を他人に利用させたことに該当しないものである。

三被告主張のその他の道路運送法等違反(事実摘示被告の主張(二))の点は、本件免許取消処分が道路運送法第三六条第一項の名義貸の責を問うものであるから、原告会社に右名義貸の事実が認められない以上、前掲被告主張の違反事実の存否を検討するまでもなく本件処分の適法性の根拠となすをえない。

四よつて、本件免許取消処分は事実誤認ないしは道路運送法の解釈を誤つた違法の処分というべきであり、取消を免れないから、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(長谷川茂治 北村恬夫 篠森真之)

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